雑感いろいろ

 先週~週末にかけて、あった事を脈絡なく書いていきます。

 先日ある会合で手に入れたミックスCD-Rに入っている、草刈正雄による「アローン・アゲイン」の日本語カヴァー(!)に近頃すっかりハマってしまい、ほぼ毎日のように聴いている。
 

 ちなみにオリジナルはこれ。
 

 お聴き頂ければ分かるが、この日本語詞がとにかくダーク過ぎる。森田童子山崎ハコかって位ヤバい。と言っても原曲の訳詞を読む限りではそんなに元と違っているわけでもないのだが、原曲より明るめのアレンジになってるのと歌ってる奴が奴なので(笑)、かえってムダに黒く聴こえてしまう。当時(恐らく70年代後半)草刈正雄って二枚目俳優として人気絶頂だったはずだよな。何でこんなのリリースしたんだろう…。誰か止める奴いなかったのか。

 去年からずっと、周りで訃報が相次いでいる。祖母や父のように「年齢考えたら、まあしゃあない」と思えるものもあるが、若くして亡くなった方も多い。先日は昔出ていた『照和』でお世話になった方の訃報を聞いた。私よりも若いのに…。合掌。
 私なんかは身近な人や、面識はないけど好きだった人、憧れの人なんかが亡くなったりすると、ましてそれが自分とさほど歳が違わなかったり若かったりすると、彼(彼女)が死んでるのに自分が何故ここにこうして生きているのかが分からなくなる事がある。
 それは割とほんの一瞬だったりするのだが、その後にこう問われているような気分になる。
 「さて、それであなたはこの後どうする?」
 この問いは割と長く引きずる事になる(ヘタすれば一生)。
 そして私は、例えば「後悔しない一生を」とか「いつ死ぬか分からないんだから今やりたい事をやろう」といった答えだけでは納得した気になれない、大変めんどくさい人間でもある。
 いや、その事自体は間違ってるとは一つも思わないのだが、それが充分な答えになっているとはどうしても思えないし、その考えには落し穴があるような気がしてならない。これは議論の余地があるかもしれないが。

 暗くなってきたので明るい(?)話題を一つ。
 週末、プールに行った帰りに自転車屋さんに行き、相当ガタが来ていた愛機の修理をしてもらった。
 この自転車、ブレーキは前後ともに効かない、チェーンは錆びてベロンベロン、チェーンカヴァーは留め具が外れて乗る度にチェーンに引っかかる、とどうしようもないが続いていたのだが、手元不如意が続いていた為に修理できなかったのである。
 ようやくその状況も一息つけたので今回修理と相成ったのだが、いつものご主人ではなく、この日は息子さんと思しき若者が対応してくれた。
 跡を継ぐつもりなのだろうか。頼もしい若者だ。
 政治家の世襲とかには「ケッ」としか思わんのだが、こういう町の個人商店とか町工場とかで「子供が親の家業を継ぐ」というシチュエーションは、実は結構好きだ。
 自分も親の職業がそういうんだったら、結構何の疑問も持たずに(それこそ音楽やるとかロクデナシの道を選ばずにですね)「跡継ぎ」やってたのかもしれんなと思いつつ、実際にそうなったら自分には絶対務まらんだろうなとも思う。
 ところで自転車だが、あまりに状態がひどかったせいで、他の部品も色々交換せねばならなくなり、しまいにはこの息子さんに「もう少し早い段階で修理に出してもらえたら無駄な出費が避けられますんで…」と苦言を呈されてしまった(笑)。すみません。
 
 今年から鶴見俊輔網野善彦カール・マルクスの本を読んでいる事は前に何回か書いた。
 労働の昼休みとかを利用して読んでいるので歩みは遅々として進まないのだが、それでも鶴見と網野に関しては文体が分かりやすいのでまだ何とかなる。
 しかし、マルクス!あんたの文の読みにくさは何だ(笑)!!ひょっとしたら訳文が悪いのかもしれんが、たった2行の文を3回読んでも何が書いてあるのかさっぱり分かんない事がしょっちゅうあるぞ(←自分の頭の悪さを一切考慮に入れずに書いてます)。
 おかげで『資本論』の第一章読むのに4ヶ月かかったのだが、結局書いてある事って子供の頃に読んだ『学研まんがひみつシリーズ お金と切手のひみつ』に載ってたのとそんな変わんなかった気が…。
 けどなあ。言い換えればそれこそ子供向けの解説漫画に載ってるような事がマルクス以前には明らかにされてなかったという事でもあるわけで、それ考えたらやっぱり偉大な人だ。
 あと、「商品」とか「貨幣」とか、それこそ(その当時ですら)誰もが当たり前のように使ってる概念に対してもいちいち、執拗に、「めんどくさ!」と言われる事も厭わずにですね(笑)、問い直していく、という所は素直にすげえなと。並大抵の人類には出来ん事だなと思いました。
 ま、こういう奴が友達におったらうっとおしくてしょうがない気もするが(笑)。