今回の日記はここしばらく思いついた事をランダムに書いてみます。

・ミキシング。もう何か、ここしばらくは頭の中の殆ど占めてんのはこれ。読者的にはものすごく退屈な話題ではあるけれども(笑)、やっぱりついついこの話になっちゃいますねえ。
 ただ悩み方が過去の音源製作とは明確に違う。今までが「う~ん、しょぼいなあ、何とかなんないかなあ」的な悩み方だったのに対し、今回は「良くなったけど、もっと良くなるはず!さてどうする?」といった感じ。少しは成長したんでしょうか私も。
 多分今の時点でリリースしても最高傑作になる事は間違いないんだけど、まだなのよ。まだ良くなるはずなのよ!!
 
Twitter嫌いで鳴らしていた(笑)私のTwitter観を少しだけ変えてくれたのは、高橋源一郎さんの「午前0時の小説ラジオ」。http://twitter.com/takagengen特に「メイキング・オブ・『悪』と戦う」の回は(リアルタイムで見てないけど)すごくグッと来た。まさかTwitter見て感動するとは思わなかったぜ。
 高橋さんはこの企画を「路上演奏」に見立てているけど、世の(本物の)路上演奏がこの10分の1でもヒリヒリしてて、本気で、他者と1対1で向き合ってる感が出てたら本当にいいのにな。
 
・福岡という場所は昔からライヴ会場に恵まれているので、ライヴ演奏に行ったり、自分たちでやったりという事に比較的慣れていると思うんだけど、私は田舎者なので高校卒業まで本当にそういう機会がなかった。
 だから音楽に接するという事は「一人ぼっちで音源を聴く」という事だ、というのが基本にある。
 そういう育ちをしているので、場慣れした福岡の子供達がうらやましく思うし、多分自分はライヴの楽しみ方が本当の意味ではわかっていない、のだと思う。
 けど、俺は「一人ぼっちで死ぬまで泣いている」ような子供に音楽をサーヴしたいんだ。自分がそうだったから。みんなでライヴハウスに遊びに行って、ワイワイ騒いで一件落着できて卒業して行けるような人なんて、究極的にはどーだっていいんだ。
 
・そういう意味じゃ年取ったんだろうね。二十歳位の頃はそんな事考えもしないというか、ただの怨念の塊というか(笑)、自分より年少の人たちについて考えるなんてとてもとてもだったし。
 これを日和ったという人がいらっしゃってもそれはそれで結構。半分は自分もそう思うから。でもルサンチマンは結局「敵」を利するだけなのよ。そうして沈んでいった人達の屍が、例えばWebなんかにはゴロゴロ転がっているじゃないか。あんなおぞましいものを俺までが提供する事はないだろう。
 
辺見庸さんの「いま、抗暴のときに」を読んでいる。怒りのエネルギーが凄い。パブリックエネミーかレイジアゲインストザマシーンかってな程である。問い詰められる。色々。
 中途半端に疑った者は安穏としたくだらない地点に着地して終わる。徹底的に疑った者は孤独になり、自由に少しだけ近付く。そういう気がした。