CD評:月と専制君主/佐野元春

イメージ 1 佐野元春がライヴなどにおいてしばしば過去の楽曲のアレンジを大胆に変えて演奏する事は、ファンにはよく知られた話である。
 あまりに大胆すぎて、最初の歌詞が歌われるまで何の曲か分からない事も少なくない。筆者がよく憶えているのは、1989年のツアーで、当時発売されたばかりのアルバム「ナポレオンフィッシュと泳ぐ日」からのナンバー「ブルーの見解」の過激な改変ぶりだ。
 原曲は穏やかなフォークロック調のサウンドにルー・リードじみた朗読が乗っかる、という赴きなのだが、テンポが2倍位上がったバッキバキのジャズファンク(という言葉も当時はなかったけど)としてこの曲が演奏されたのを目の当たりにした時は一瞬何事が起きたかと思った。その後熱狂した。
 YOUTUBEなどで、当時のライヴ映像があったら是非原曲と比べて観ていただきたい。懐メロを現代風にアレンジしてるとかならともかく、(当時)最新アルバムのツアーでそこからの曲をこんなに変えて演奏できるポップアーティストなど聞いた事もない。さすがにここまでの解体っぷりは佐野元春といえどもめったにしないが、四拍子の曲が三拍子になる、まずメロディから崩してくる、ツアーの最初と最後で同じ曲のアレンジが変わってた、何てことは割と普通にやる人である。
 また、ライヴの選曲自体も「今の自分にとってリアリティのある曲」をその都度優先させるので、20年近くライヴでやってなかった曲が突然セットリストに加わる、なんて事も珍しくない。
 何故、ここまで改変にこだわるのか。理由はいくつか考えられるが、佐野元春という人が絶えず自分を刷新していかないと気がすまないタイプのアーティストである事、そしてそれが可能となるような多様な音楽性である事は誰しも異論がないであろう。そしてその都度賛否は出るにせよ、「過去のどの曲をどういうアレンジでやるのか」というのがコアファンのお楽しみの一つになっているのだ。
 
 そんなわけだから、デビュー30周年記念盤のセルフカヴァーアルバム「月と専制君主」に、ただの企画もの以上の期待をしてしまうというのは当然の事だ。
 ファンでない方はタイトルがやや奇異に思われるかもしれないが、これは86年のアルバム「カフェ・ボヘミア」に収録されている「埋もれた佳曲」といった風情の曲の名前である。
 これをタイトル曲にするあたりでも分かるように、いわゆる「昔のヒット曲を焼き直して商売しますよ」といった風情は絶無。全10曲中、世間でもよく知られている曲といえば「ヤングブラッズ」位だろうか。いや本当に頑固というか頭が下がるというか、もう少し商売の事を考えてもバチ当たんねぇだろうにというか(笑)、「この人らしい」作りではある。
 
 意外にも今回、アレンジの方向性は割と統一感がある。アコースティック楽器の響きや有機的なグルーヴを重視した、ちょっとソウルやラテンが入ったフォークロック、といった所か。
 1曲目「ジュジュ」の、コテコテのモータウンっぷりには正直ちょっと引いてしまったのだけど、続く「夏草の誘い」や、後半の「日曜の朝の憂鬱」~「君がいなければ」~「レインガール」の流れなどは非常に素晴らしく、この辺りは佐野元春を今までちゃんと聴いた事のない方などにもお勧めしたい。こんな成熟と瑞々しさとグルーヴ感が一体となったサウンドは、ちょっとないだろう。
 ここ何年か取り沙汰されている、声質の変化、または昔と比べて声の出てなさ(笑)に関しては、今作に関してはあまり大して影響はないように思われる(まあ私はコアファンが騒ぐほど元々重大な問題とは思っていないが)。こういう穏やかなトーンの作品群にとっては、この嗄れっぷりはむしろいい味だし、実際の所7~8年前のライヴとかの方がよっぽどダメだったと思うので、むしろ少し回復したのではないかとすら思えるのだけど。
 
 ただ、やはり少し「穏やか過ぎ」「改変する事に手慣れ過ぎ」な感は否めない。オリジナル最新アルバム「COYOTE」ではサウンド・曲調共にかなり漲ってる感があったので(それとてももう4年前の作品だけどね)、アニヴァーサリー企画といった事を差し引いてもあと1曲か2曲位はどこか荒ぶるような、原曲を粉々にぶっ壊してしまうような解釈のリメイクを入れて欲しかった所だ。決して手を抜いていない仕上がりなだけに、そこが惜しい。
 まあこの人位のキャリアになると、多少大胆な改変を試みても、それすらも自家薬籠中のものに図らずもなってしまう所があるだろうから難しいんだろうけど。
 長年のファンで、最近の声質の変化にOKな人(俺とか:笑)なら全然買って損はないアルバムなんだけど、私が初めてこの人ライヴを観た年(1987年!)には産まれてもなかったような人に届くようなものがあるかというと、なかなか厳しいのではないか。まあこれは現実のユースに聞いてみないと何とも言えないところもあるけど。意外に受け入れられたりしてな(笑)。