2012年

 twitterでは既に申し上げておりましたが、一応当コラムが書きもののメインなので、改めまして。
 遅ればせながら、新年明けましておめでとうございます。
 本年もよろしくお願い致します。

 今年は年賀状等に新年を祝う言葉を書くのはいかがなものか、という意見もあるでしょうが、
 あんな事があった後も、僕らがまだとりあえず「ここ」にいられる事は祝福すべき事とは思いませんか?

 去年はアルバムを出す、という積年の目標(つうかもう決めてたんですけどね)を達成しましたが、今年の目標は?と聞かれると、
 「う~ん、ジャパンツアーを続けて、新曲も書いて、世界激場も準備して…」などといった「地味」に見える目標しか思い浮かびません。
 ですが、今年はそれでいいのだと思います。
 アルバムを出す、などといった事は音楽活動の上ではいわば「祭り」「ハレ」に相当するものだと思いますが、僕は必ずしものべつまくなし「祭り」をやっていたい人間ではないのです。
 もっとも日々のライヴ活動は「ケ」か?と言われればそうとも言い切れませんけれども。
 ただ、ある程度同じ事を持続してこなす、という事を今はやるべきだ、というかやりたいのですね。それで見えてくるものもおそらくはあるだろうと。

 未来予測。去年の年始に書いた日記を読み返してみると、「若者の革命が今年から始まる」等と書いていて、おおこれはアフリカの革命やオキュパイザウォールストリートを予言してたじゃん俺って、などと一瞬盛り上がるのですが、読み進めていくと「別に街中で徒党を組んで投石だの暴動だのを起こすような類のものではない革命です。」などと書いていて思いっきり違うじゃん、とがっかりというか、まあ未来予測なんてそういうもんだよねというか(笑)。
 冗談はさておき、去年が日本はもちろん世界史においても大きなターニングポイントとなった事は誰の目にも明らかでしょう。で、それに対するリアクションも起こってますけど、リアクションの内実も色々あって、「気分としてのラジカリズム」を満足させるような、ただ「溜飲を下げる」為に行われるような行動と、ある程度長いスパンで考え、自分達の地域・世代・価値観・利権(名もなき民草にだって利権はあります!)とは離れた所にいる人達とも何かをシェアしようとする為の行動とはやはり、分けて考えられるべきだろうと思います。
 大体どんなアクションも両者が混在しているものだと思いますが、今年からは両者の見極めが重要になってくるのではないだろうかと思っています。
 僕は後者の立場に立ちたいと思っていますが、これがなかなか難しい。習い性というか、持病というか(笑)「気分としてのラジカリズム」がすぐに顔を出してしまうから。溜飲を下げる事で、往々にして何かをやった気になって終わるから。
 そいつをどう超克するか。まあ最悪、「飼いならす」という形でもいいんですけど、まあ何とかしたいわけですよ、今年からは。

 あとはそうだなあ、去年一昨年と、我が家の猫事情が大過なかったので、今年も是非そういう感じでお願いしたい(笑)。
 被災動物救済への義捐金は当然継続します。送り先とかはもう少し色々検討して、変更したいけど。やはり一番「金を戦力として使ってくれそうな」所がいいからねえ。